AQUENTでは、様々な業界や職種における最新トレンドや課題、その解決につながるヒントの提供や啓発を行うべく、グローバルで「DIGITALKS」と呼ばれるウェビナーを行っています。
今回、日本で開催された第4回目のウェビナーは、ゲストスピーカーに株式会社フォーデジットの代表取締役CEO 田口 亮氏をお迎えし、サービスデザインの現在と未来、さらに取り組みの中で重要となるポイントについてお話をお伺いしました。
この記事では、当日のセッション内容をまとめてご紹介いたします。
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【DIGITALKS Contents】
ビジネスを変革するデザインの可能性(エイクエント:杉本 隆一郎)
・サービスを「デザインする」時代に
・ユーザー中心のデザイン
サービスデザイン:「選ばれるユーザー体験」をデザインする(フォーデジット 田口 亮氏)
・サービスデザインとは:UXデザインとの違い
・途切れさせないサービスデザインのプロセス
・ユーザーリサーチの分類とマーケティングリサーチとの違い
・人間中心設計(HCD)のアプローチ
・製品のコモディティ化と価格・性能の関係
・サービス提供パターンの進化
・モダンサービスの構造とデータ活用
・組織横断的な協力体制と経験蓄積の必要性
ゆうちょ通帳アプリの事例
・従来の開発プロセスと「落とし穴」
・ユーザー中心への転換と合意形成
・シンプルなリリースと成果
・ビジネス効果と組織文化への影響
サービスデザインに関わる人材について
・メソッドは問題じゃない
・成功に必要な要素の組み合わせ
・導入教育とデザインの公的な位置づけ
・デザインの力は「経験」の積み重ね
まとめ
ビジネスを変革するデザインの可能性(エイクエント 杉本 隆一郎)
ウェビナーの冒頭では、当社杉本が、ビジネスを変革するデザインの可能性について次のように述べました。
サービスを「デザインする」時代に
今、世の中には本当に数多くの製品やサービスが出回っています。どのブランドを選び、購入する際には店舗とオンラインのどちらを利用し、さらにはどのような決済サービスを用いるべきか、日々多くの選択に頭を悩ませている方も多いのではないでしょうか。
デジタル技術の進歩に伴い顧客とのタッチポイントが多様化した現代においては、選ばれる製品を提供するために、オンラインとオフラインをシームレスに繋ぐサービス設計が不可欠です。
さらに、多くの業界で市場が成熟し、他社製品との差別化が難しくなる中で、企業は「製品を売る」という発想から脱却し、ユーザーの潜在的な課題を具体化し解決する「価値」、すなわち魅力的な「体験」を提供することへと焦点を移しているのです。
ユーザー中心のデザイン
こうした状況において、昨今注目されているのが「ユーザー中心にデザインをする」という手法です。このアプローチは、ユーザーから見た「未来のあるべき姿」を創造することで、市場の変化に柔軟に対応し、企業やブランドの継続的な成長を促すことが期待されています。
具体的には、製品を使用する際の顧客体験を価値あるものとする「UXデザイン」や、製品を取り巻くサービス全体を最適化する「CXデザイン」などを包括的に組み込むのがサービスデザインです。サービスデザインでは、ユーザーが求めているものを具体化し、必要な機能や施策へと当てはめていきます。リサーチからアイディエーション、プロトタイピングから実装に至るまで、サービスデザインには決まったプロセスがあるものの、その取り組み方によって得られる効果には差が出てきます。
杉本は、「選ばれるユーザー体験」とはどのようなものなのか、サービスデザインの観点から、田口さんにお話しをお伺いしましょう、と問いを投げ、第1部を締めくくりました。
サービスデザイン:「選ばれるユーザー体験」をデザインする(フォーデジット 田口 亮氏)
ここでは、フォーデジットの田口氏がサービスデザインについてUXデザインとの違いやプロセスについて解説し、人間中心設計(HCD)のアプローチについて紐解きました。
サービスデザインとは:UXデザインとの違い
まず、多くの方がご存知の「ユーザーエクスペリエンス(UX)」、すなわち「ユーザー体験」は、ユーザー一人ひとりが知覚する、個人的なものです。そして、このユーザー体験をより良く改善・設計する活動が「UXデザイン」です。
ユーザー体験は、多様なチャネルによって構成されています。例えばラーメン屋の場合、「ラーメンそのもの」「店員の雰囲気」「口コミ」「価格」「会社の信用」「デジタルサービス」など、あらゆる要素がユーザーの体験に関わってきますが、これらをデザインするのがUXデザインの役割です。
一方で「サービスデザイン」は、UXデザインの範疇を超え、そのサービス全体を見渡した上で、事業として、または組織としての成功を目指して設計を行うものです。つまり、ユーザーに提供する体験(UX)を支える仕組み全体や組織のあり方までをデザインし、持続的な価値提供を目指すアプローチだといえます。
途切れさせないサービスデザインのプロセス

私たちのデザインプロセスは、ユーザーリサーチを徹底的に行う「サービス構想」から始まります。この構想を通じて、ユーザーの潜在的または顕在的なニーズを把握し、それに対して何ができるか、そして実際に作るべきものは何であるかを定義します。その後、具体的な制作を経て、継続的な運用改善を行うという一連の流れをたどります。
このプロセスの最大の特徴は、流れが途切れないことです。「サービス構想」だけ、あるいは開発だけといったようにプロセスが分断されると、ユーザー体験を提供しようという一連の流れが途切れてしまったり、途中で意図が正しく伝わらなくなったりする問題が生じてしまうのです。
私たちの取り組みでは、この流れの中で生じる無数の判断に際して、一つの明確な意志を貫きながらプロセスを完遂できる点に、大きな強みがあります。
ユーザーリサーチの分類とマーケティングリサーチとの違い

「ユーザーリサーチ」という言葉は幅広い文脈で使われますが、私たちが主に重要視しているのは以下の三つのパターンです。
ユーザーの状況把握(UXリサーチ): これは、特定のサービスに関係なく、ユーザーが「そもそもどのような生活を送っているのか」「実態や環境はどうなっているのか」といった、ユーザーそのものを深く理解するために行われます。
ユーザーの受容(受容性調査): 何か新しい要素や機能を対象として、ユーザーがそれを「どの程度受け入れるのか」「どのような反応を示すのか」といった、受容や許容度を調査するものです。
UI/UXのテスト(ユーザーテスト): UI(ユーザーインターフェース)やUX(ユーザーエクスペリエンス)系のテストであり、アプリの挙動やボタンの使い方など、インターフェース上の要素をユーザーが適切に使えるかを確認するために行われます。
このように、ユーザーリサーチは多様な意味を持つため曖昧になりがちですが、特に混同されやすいのが「マーケティングリサーチ」です。マーケティングリサーチは、市場全体の状況やメカニズムを分析することが目的であり、個別のユーザーの生活を見に行くというUXリサーチの文脈とは異なります。リサーチという分野で効果的に取り組むためには、これらの目的と手法を明確に区別して捉えています。
人間中心設計(HCD)のアプローチ

このHCDプロセスは、ISO 9241という国際規格に準拠しており、多くのデザイン手法やメソッドの基盤として広く用いられています。
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HCDプロセスは、以下の4つの段階を反復的に繰り返すことで構成されています。
① 利用状況の把握と明示:ユーザーがどのような状況で利用するかを理解し、明確にする。
② ユーザーの要求事項の明示:ユーザーが真に求めているニーズや要求を特定する。
③ ユーザーの要求を満たす設計による解決案の作成:要求を満たす設計に基づき、具体的な解決策や設計案を生み出す。
④ 要求事項に対する設計の評価:作成した設計が、要求事項を適切に満たしているかを検証する。
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製品のコモディティ化と価格・性能の関係

テレビ、ノートPC、DVDプレーヤー、液晶テレビといった物理的な製品の市場動向が示されています。これらの製品は、発売後に価格がどんどん下がる、いわゆるコモディティ化の傾向が見られます。特にDVDプレーヤーのように、発売から短期間で価格が30%以上も下落する例もあります。
しかし、価格が下がる一方で、製品の性能は向上していくのが特徴です。
これはマーケティングのメカニズムとして説明されており、当初は珍しいため高価で売れますが、競合他社が参入し市場に同種の製品が増えると、消費者が価格の安さと性能の良さを基準に製品を選ぶようになります。この競争の結果、性能は上がりながらも価格が下がっていくという現象が起こります。
サービス提供パターンの進化
サービス提供パターンは、製品特性を踏まえて進化してきており、昔はコダックやジレットのように本体販売とそれに伴う消耗品の継続販売で収益を上げるモデルが主流でした。そして現代ではネスカフェのように本体とカプセル販売に加え、スマホ注文や配送といったデジタルサービスが統合されてモデルが複雑化しています。
また、任天堂スイッチのように本体販売に加えてソフト販売やオンラインサービス、アプリを通じたサポートを組み合わせることで、多様な収益源とユーザー体験を提供する複合的な提供パターンが生まれています。
モダンサービスの構造とデータ活用
現代のサービスは、単なる製品販売から複雑な構造へと進化しています。具体的には、販売したプロダクトの周辺にサービスが存在し、ほとんどのユーザーが持つスマートフォンなどがこのプロダクトとサービスを結びつける接続点となっています。
この接続点を通じて、サービス提供者にはユーザーデータが流入します。これにより、「どんな人が」「どのように」サービスやプロダクトを利用しているかという情報が数値化されて把握できるようになるのです。
モダンサービスは、このように製品を一度売るだけでなく、利用を通じて部品、ソフトウェア、またはコンテンツなどを継続的に販売し収益を得るだけではなく、「ユーザーデータの取得」というメカニズムを併せ持つことが最大の特徴であると思います。
そして、この全体像を踏まえて「サービスデザイン」という概念を捉えてほしいと考えています。
組織横断的な協力体制と経験蓄積の必要性
モダンサービスはデジタルやユーザー情報を活用して顧客に継続利用を促し、高い体験価値を提供することでLTVの最大化を目指しており、そのためには多様な部門が連携してサービス体験を設計・改善する必要があります。
そして、関係者が増えることで組織横断的な協力体制と組織オーナーシップに基づく意思決定が不可欠になり、サービスデザインは組織を横断しながらサービスの質を高める継続的な取り組みを指します。
もちろん、既存のメソッドやフレームワークの理解は重要ではあるものの、本質的には座学よりも部門横断の実務経験を通じて知見を蓄積し、現場での実践を重ねることが非常に大切になってくるのです。
ゆうちょ通帳アプリの事例

ここでは、田口氏が、ゆうちょ銀行のモバイルアプリ開発プロジェクトを事例として用い、機能要件ドリブンからユーザー中心デザインへの転換がいかに重要で、ビジネス的な成功に結びついたのか、次のように解説しました。
従来の開発プロセスと「落とし穴」
プロジェクトの初期段階では、通常の銀行アプリ開発と同様に、IT、ビジネス、顧客対応、セキュリティなど多岐にわたる部門の要件を聞き取り、それを機能要件に落とし込み、最後に使いやすいインターフェースをデザインするというプロセスが一般的でした。
しかし、この方法は機能要件ドリブンに陥りやすく、ユーザーの真のニーズや必要な要件がプロセスに入り込みにくくなるという「落とし穴」があることが指摘されています。
ユーザー中心への転換と合意形成
このプロジェクトでは、一般的な方法を避け、ユーザーが何をしているのか、どんな生活を送っているのかというリサーチから開始し、ユーザーニーズに基づいてアプリの要件やインターフェースを定義しました。
この転換において最も重要だったのは、組織全体でユーザー中心の設計で進めるという合意を形成することでした。特に銀行の要求(ローンや投資信託など金融商品の拡大)とユーザーの要求が異なる中で、ユーザーが求めるものを作るという共通認識を持つことで、組織全体の目線を変えることができました。
シンプルなリリースと成果

ゆうちょ銀行のユーザー層(高齢者や子育て中の方など)の特性から、多くの機能があると混乱したり、パニックになったりするリスクがあることがユーザー調査で判明しました。
そのため、最初のリリースは、ユーザーが最も必要とする「残高確認」と「残高の推移」という極めてシンプルな機能に絞り込みました。
このユーザー中心のデザインアプローチの結果、目標としていた口座登録数1,000万口座を約2年早く達成し、MAU(月間アクティブユーザー)も70%という高い水準で維持するなど、銀行アプリとしては異例の成功事例となりました。
ビジネス効果と組織文化への影響
この成功は、ユーザー獲得と継続利用の促進だけでなく、ビジネス面でも効果を発揮しました。
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開発工数の削減:ユーザーが利用しない複雑な機能を作らなくて済むようになったため、機能開発にかかる工数を大幅に削減
マーケティングコストの削減:ユーザー調査で把握した「通帳記入や残高照会でATMに立ち寄る」という行動パターンに基づき、ATM周辺に「今やっていることはアプリでもできますよ」という適切なタッチポイントとしてポスターなどを設置することで、大規模なCMなどに頼らずにマーケティングコストを削減
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さらに、このプロジェクトを通じて、ゆうちょ銀行のメンバーが出向などを通じてサービスデザインのプロセスを実践的に学び、組織内のデザインカルチャーの醸成にもつながっています。この事例からも、サービスデザインにおいてはメソッドの知識以上に、実践的な経験の蓄積が大切であると考えています。
サービスデザインに関わる人材について
ここでは、サービスデザインに関わる人材について、田口氏が以下のように述べていました。

メソッドは問題じゃない
デザインのメソッドについて、習熟度と自信の関係を示すダニング=クルーガー効果のグラフを参考にすると、初心者はメソッドを学んだ直後に過度な自信を持ちやすいものの、実際に経験を積むと「学んだ通りにならない」という現実の壁に直面し、自信を失い、その後経験とともに回復していくという過程を辿ります。
このことから、問題は「デザインシンキング」などのメソッド自体にあるのではなく、そのツールを使う側、すなわち人材の実践的な経験や経験的な蓄積に求められると考えています。
成功に必要な要素の組み合わせ
サービスを成功に導くためには、組織横断的な意思決定を伴う中で、成功のためにやりきれるマインドセットを持つこと。そして、デザインの実践スキルだけでなく、クライアントや組織側がユーザー中心に進めるというデザイン活用への強い意志を持つこと。これらをうまく組み合わせることが大切です。
導入教育とデザインの公的な位置づけ
特に、サービスデザインやUXデザインの教育においては、ビジネスとの接続や組織横断といった要素が欠落しがちな「メソッド教育」に偏っている現状に対し、ビジネスとの連携を意識した導入教育の重要性を強調しています。ゆうちょ銀行とのトレーニング事例もその一環です。
また、2027年からIT国家試験にデザインマネジメントの要素が組み込まれる予定であることに触れ、デザインがビジネスや学問体系の中で、正式なスキルとして公的に認められ、活用されていく流れができています。
デザインの力は「経験」の積み重ね
結論として、素晴らしいサービスを創出するためにはサービスデザインが不可欠であり、そのためには、デザインを実行する若い人材、デザインに理解を示すビジネス経験者、そしてデザインの活用に興味を持つ意思決定者層の全てが重要になります。
デザインの力は、容易に手に入るものではなく、個人の実践経験だけでなく、組織的な活動としても地道に積み上げていく必要があるものだと、田口氏はまとめていました。
まとめ
本セッションでは、今の時代、選ばれるサービスをデザインするためには、ユーザー体験を中心にそれを支える組織体制やサービス、エコシステムまでを総合的に考えて、関係者間で共同して取り組む必要があるということ、そして、メソッドだけでなく、経験から学び次に繋げていく姿勢が大切であるというお話を伺いました。
今回のトークセッションが、視聴者のビジネスヒントや学びの一助となれば幸いです。
これからもAQUENTでは、様々なテーマで業界の最新トレンドを発信していきます。
【登壇者】

株式会社フォーデジット
代表取締役CEO
田口 亮 氏(Ryo Taguchi)
2002年にフォーデジットに入社。
2017年より代表取締役。大手企業のウェブプロジェクトを中心にディレクション・クリエイションを数多く手がける。
デジタルデザインの業界にいち早くリサーチを取り入れUXデザインを推進。東南アジアへの展開や自社事業も管轄している。

エイクエント・エルエルシー
ジャパンカントリーマネージャー
杉本 隆一郎(Ryuichiro Sugimoto)
25年以上にわたり日系・外資IT企業にて人事領域に従事。
2023年にクリエイティブ、マーケティング、デザイン、デジタル分野に特化したグローバル・ワークソリューションカンパニーであるエイクエントの日本代表に就任。人材と機会のマッチングを通じて、タレントと企業のエンパワーメントに取り組んでいる。