現代社会は、資本主義や消費社会の既存構造が制度疲労を起こし、新しい社会設計の転換点を迎えています。
人口動態の変化、価値観の多様化、テクノロジーの加速度的進化などが複雑に絡み合うなかで、企業はもはや「単独の主体」として未来を描くことが難しくなっています。
多くの経営者が「未来を読むことができない」「戦略を描いても翌年には陳腐化する」と感じているいま、非線形な成長曲線をどう描くかが問われています。
その新しい思考と実践のアプローチが「フューチャーデザイン(Future Design)」です。
今回は、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)のFuture Design Lab(フューチャー・デザイン・ラボ)でリーダーとして組織を牽引する三山 功氏にインタビューを行い、Future Design Lab設立の背景や、フューチャーデザインとは何かについてお話をお伺いしました。
Future Design Lab が発足した経緯や背景などを教えてください。
Future Design Lab(以下FDL)は、2017〜2018年頃、従来の事業開発手法が限界を迎えていた時期に構想されました。
当時、多くの企業はデザインシンキングやリーンアプローチを導入していましたが、試行錯誤の末に共通して抱いたのは、「結局は既存事業の延長線上に留まってしまう」という閉塞感でした。
日本が成熟経済から構造転換の時代に入るなかで、未来を“予測”するのではなく、自らの意思でデザインする必要性が高まっていきました。その課題意識から、私たちは複数の未来志向型手法を統合した未来創造型コンサルティングに目を向け、Future Design Labを設立しました。
Future Design Lab の思想的基盤
FDLが重視するのは、“未来を描くための思考装置”を組み合わせ、企業が自らの存在理由を更新できるようにすることです。
そのために以下のようなアプローチを組み合わせています。
・Speculative Design(思索的デザイン)
社会や技術の延長線ではなく、あり得るかもしれない未来 を仮想的に提示し、思考の幅を拡張する手法。
・Critical Design(批評的デザイン)
デザインを通じて既存の前提や制度に対して問いを投げかける実践。単なる課題解決ではなく、価値観そのものを再構築する。
・Science Fiction Prototyping(サイエンス フィクション プロトタイピング)
SF的想像力を媒介に、技術や社会構造が変化した未来を物語とプロトタイプで具体化する試み。
・Prototyping(プロトタイピング)
仮説を概念のままにせず、触れるかたちで提示し、対話を誘発する行為。
・Backcasting(バックキャスティング)
望ましい未来像を先に設定し、そこから逆算して“いま”の意思決定を導く思考法。
これらを融合することで、私たちは「オルタナティブな未来像」と「そこに至る戦略的デザイン」の両方を描いています。
クライアントがフューチャーデザインを導入するメリットは何でしょうか?フューチャーデザインがもたらす効果や価値として、どのようなものが挙げられるか教えてください。
フューチャーデザインの本質的な価値は、既存の延長線上にない“別の成長軌道”を発見し、 企業が「未来の意味(meaning of future)」を再構築できる点にあります。多くのクライアントが最も強く価値を感じているのは、この「未来を設計する力」そのものです。
今日の多くの企業は、新規事業や技術戦略を重ねても、PBR(株価純資産倍率)1倍の壁がなかなか超えられないケースが見受けられます。 これは市場が「既存の延長では、未来が十分に更新されないのではないか」と捉えている可能性があるかもしれません。言い換えれば、未来を構想する力が十分ではない企業は、市場から“時間を止めた存在”と見なされてしまうこともあるようです。
だからこそ、企業は「次に何をつくるか」ではなく、「どんな未来に存在したいか」をデザインする必要があります。フューチャーデザインは、学術的な概念ではなく、実践知として未来を“試作”する方法論です。
また、近年のプロジェクトでは、思索的に構築した未来像を、単なるシナリオではなく、“未来の断片”として触れられる形に具現化しています。たとえば、仮想のWebインターフェイスやサービスのプロトタイプを通じて、その未来が株主・顧客・社員といったステークホルダーにどう受け止められるかを実験的に観察します。
この「未来のプロトタイピング(Future Prototyping)」は、従来のリサーチや戦略立案では見えなかった、未来の価値仮説と感情の反応を可視化する試みです。つまり、未来を“想像する”から“検証する”へと移行するプロセスです。
私たちはこの手法を、企業がオルタナティブな未来を経済的価値へ翻訳する新しいデザインモデルとして開発しています。クライアントが感じる最大の成果は、未来を語ることではなく、未来を試せるようになることです。
Future Design Lab のアプローチは、分野横断的です。そのため、デザイナー、ストラテジスト、エンジニア、コンサルタントといった専門家が、それぞれの領域を越えて“糊代”でつながることを重視しています。
この「越境のデザイン」こそ、思考と実装、構想と経営、理想と現実を媒介する知的インフラです。私たちが描く未来は、単なる構想ではありません。イノベーションとして現実世界に着地し続ける「生きた未来」です。そしてその共創のプロセスそのものに、無限の企業価値が宿ると考えています。
コンサルティングを通じて、フューチャーデザインを共創しながら実現していく流れや仕組みを教えてください。
クライアントと共同で進めていくにあたり、大きく分けて3つのステップで進めています。
・ステップ1:未来の予兆を“聴く”
Future Design Labのプロジェクトは、おおよそ10年後を見据えた構想が6〜7割、20年後を対象とするものが2〜3割を占めます。つまり、いま起こりつつある事象の「延長」ではなく、まだ言葉になっていない未来の“ざわめき”を扱う領域です。このステップでは、専門家チームが多角的なリサーチを通じて、未来のシグナルの層を読み解きます。
・エマージング・トレンド
既存の文脈の外側で生まれつつある兆し。まだカテゴリにも名前にも収まらない“新しい重力”。
・ウィーク・シグナル
まだ微弱で、統計にも表れないが、数年後に社会や技術、倫理、文化を揺るがす可能性を秘めた“未来の初期音”。
・メガトレンド
個別の流行ではなく、政治・経済・社会・技術・生活といったあらゆる分野を横断し、人類の座標軸そのものをゆっくりと動かす大きな潮流。
これらの多層的な情報を結び合わせ、今後5年、10年、20年の間にどのような価値観の転換(パラダイムシフト)やゲームチェンジが起こりうるのかを探索します。このプロセスは、未来を“予測する”というよりも、未来の文法を発見する試みに近くなっています。
ステップ2:価値の「核」を共創する
次のステップでは、クライアントと共に未来を翻訳していきます。Future Design Labでは「未来創造ワークショップ」と呼ばれる共創の場を設け、必要に応じて外部の思想家・科学者・アーティストなど多様な専門家を招き入れます。
このワークショップの目的は、単に“将来のトレンドを読む”ことではなく、その未来における価値の意味を再定義することです。
未来のシナリオの中で、どのような社会的・技術的・文化的な機会が生まれ、どのような「人間の体験価値」が新たに立ち上がるのかを可視化します。そこから、事業・技術・ブランド・体験の各次元で、“その未来に存在すべき価値”を具現化していきます。 この段階は、構想と実装の境界を溶かし、未来を言葉から行動へ翻訳する重要なフェーズです。
・ステップ3:未来を“かたち”として具現化する
最後のステップでは、これまでの洞察や構想を、実際の戦略・アクション・プロトタイプへと結晶化させます。それは事業戦略や技術ロードマップである場合もあれば、プロダクトやサービス、ブランド体験として社会に現れる場合もあります。
このフェーズの本質は、「未来を語ること」ではなく、未来をプロトタイプとして社会に置いてみることです。こうして描かれた未来像は、単なる構想書ではなく、企業や社会の進化そのものを加速させる「触れる未来」となります。
Future Design Lab が手がけるプロジェクトは、新規事業開発からブランド再構築、クラフトやアート寄りの探究まで多様です。しかし根底に流れる思想は共通しています。
「未来は予測するものではなく、共にデザインし、試すもの。」
この一貫した哲学こそ、私たちがFuture Design Labと呼ぶ理由です。
次回のインタビューでは、一歩踏み込んだ「フューチャーデザインの実践」について三山氏にお伺いしますので、お楽しみに。
【Interviewee】

三山 功 氏
PwCコンサルティング合同会社
執行役員 / パートナー
ストラテジーコンサルティング事業部 Future Design Lab
スタートアップ・外資系コンサルティング会社などを経て、PwCコンサルティング合同会社に入社。ストラテジーコンサルティング事業部においてFuture Design Labを率いるフューチャリスト/ストラテジスト/デザインエグゼクティブ。 戦略的未来洞察、デザイン主導のイノベーション、システム思考を融合するチームを率い、望ましい未来の共創に取り組んでいる。 特に2030年~2050年頃の未来世界の創造と、それを応用したバックキャスト型の価値共創プログラムを数多く手掛ける。
モビリティ、製造業、ヘルスケア、都市開発など多様な業界のクライアントを支援してきた実績があり、国際的なフューチャー・イノベーションのフォーラムでも頻繁に登壇している。
※法人名、組織名、役職、インタビューの内容等は取材当時のものです